しずおかDX

活動報告

第5回ワークショップ「業務改善から始めるDX」を開催しました。

しずおかDXコンソーシアムによる隔月開催の地域DX推進ワークショップ、第5回「業務改善から始めるDX」が、2021年12月16日(木)、静岡市内の会場とオンラインで同時開催されました。

進行:静岡鉄道株式会社(以下、静岡鉄道)
講師:株式会社レッドジャーニー(以下、レッドジャーニー) 市谷聡啓様

地方中小企業で「草の根DX」やってみた。

今回のワークショップでは、静岡市清水区に本社を置く村上貿易株式会社(以下、村上貿易)  代表取締役社長の村上隆則様(以下、村上社長)をお招きし、村上社長が主導となり進めてこられたDXの取り組みについて、具体的な内容や経験、気づきなどをお話いただきました。タイトルは「地方中小企業で『草の根DX』やってみた」

村上貿易は、主に壁紙やじゅうたん、カーテンなどの内装材を内装工事業者や専門小売店へ届けるインテリアの卸を主事業としています。村上社長は2011年に入社後、2年の営業経験を経て経営に参画。翻訳・テクニカルライティング、Webディレクションを経ての転身だったそうですが、入社当初の印象は、いわく「ヤバい業界、ヤバいスピード、ヤバい業務密度」。とにかく過剰サービスがすさまじい、と感じられたそうです。

この状況を変えるべく自ら手がけられたのが、ブラウザで売上伝票を検索・表示できるシステム。はじめは素朴なものだったそうですが、現場の社員からの好評を得て機能を追加するうちに、導入成果があがり予算が付き、やがて「ムラコネット」として本格的な運用が始まりました。売上伝票検索と売上実績一覧の表示だけだったムラコネットも、現場の声をもとに改善・改良を重ねられ、直近ではデータベース(SQLテンプレート機能)が追加されています。

自社で仕組みを作ることで得られるものは大きい、と村上社長。業務IT化(社内効率化)だけでなく「知の探索能力」を獲得できるのが魅力だと言います。

ストレスを生む上に生産性が低く、文脈切り替えのコストがかかる。「電話をなくしたい」が新たな開発動機に。

その後、新たに導入されたのがLINE(チャットボット)による注文システム。開発動機は、過度の電話依存が業務効率を下げている可能性(仮説)を認識したことでした。

電話はストレスを生む上に生産性が低い、と村上社長。特に、音声+同期型(リアルタイム)コミュニケーション特有の欠点として、

  • 通話中は他の作業の手を止めて会話に集中する必要があること
  • 記録が残らないためミス防止のためのメモや復唱が不可欠となること
  • 文字なら短くて済む情報伝達に時間がかかる効率の悪さ

などをあげます。

また、最大の欠点は文脈切り替えのコスト。脳が作業タスクを切り替える時の認知的な負荷のことで、ITの世界ではエンジニアの経験則としてよく知られています。

「人間の脳は一度に一つの作業にしか集中できないようになっているため、大量の着信は働き手に絶えず文脈切り替えを強いる。並列処理能力が高い社員は上手く対応できるが、苦手な人も多い。電話で入り続ける大量のタスクに受け身で処理する流れになりがちで、自ら考え、計画し、主体的に営業活動を行うことが難しくなる」と村上社長は話します。

そんな電話の欠点を補う非同期型の通信として、日本のDXの遅れの象徴とも言われるFAXがあげられます。実際、レガシーと呼ばれ敬遠されるFAXも現場では重宝されていました。しかし、FAXの利用は減少の一途をたどっています。FAXに代わる非同期型のコミュニケーションツールで、かつ電話のように手軽に利用できることを条件として検討が重ねられた結果、大部分の取引先で使えるツールとして浮上したのがLINEでした。

社内メンバー間では2018年からLINE WORKSが導入されていました。LINE注文bot(チャットボット)の導入を決め、2020年7月頃から徐々に取引先へ案内を開始。直近では一営業日あたり平均100件の注文がLINEで入るようになったそうです。

今後、200件まで伸ばせたらと話す村上社長。まだ社内活用・定着の途中ですが、利用中の社員の評判はいいそう。利用率が上がれば生産性向上の効果も高まるはずで、今後はエビデンスを提示しつつ意識付けを高め、社内全体に広げていきたいと話されていました。

紙をあなどると痛い目に遭う。

DX推進の流れを受けて紙に印刷する機会は近年減少していますが、村上貿易ではあえてLINEで受けた注文をFAX風に印刷して運用しています。紙ベースで管理することのメリットについて「1つのジョブ単位が物理的に具現化していること」と村上社長は言います。手元にある、ハンコを押す、ファイリングするなど紙の状態変化によってジョブのステータス変化が表現されるため見落とし、重複などのミスを防止することができているのです。

このように「紙でないと困る」と言う現場の声には然るべき根拠があり、ペーパーレス化を成功させるには実際に紙ベースの業務フローを機能的に代替できる提案かどうかを検証すべき、と村上社長。ハンドリング水準を紙のレベルまで引き上げるのは意外と大変で、紙をあなどると痛い目に遭う、と言います今後、システム更新のタイミングでデジタル統合への移行を検討中とのことですが、一概にペーパーレス化するのではなく、個々の業務フローを見直し検証しながら最適化を繰り返す取り組み方は非常に参考になりました。

DXは大きなロードマップ × 無数の仮説検証。

DXは大きなロードマップ × 無数の仮説検証、と村上社長は言います。業務IT化は真のDXではないが必要不可欠なステップ。常に「この先のDX」を意識して業務IT化を推進していけば、組織がアプローチ可能な仮説検証範囲がどんどん広がっていきます。

RPAの導入については、既存業務フローをそのままRPAのプログラムに封入(カプセル化)することで省力化と引き換えに現場の共有知をブラックボックス化してしまうのではないかと懸念しているそう。わずかな個別最適化のために後の全体最適化を妨げては本末転倒です。

ここまでの「草の根DX」の取り組みから学んだこととして、最後に4点あげてくださいました。

  1. 小さい会社ほどアジャイルに開発サイクルを回せる。意思決定のステークホルダーが少ないのは大きなアドバンテージ。
  2. DXが遅れている業界ほど、他社と差別化できる。
  3. 労働集約型の業種ほど人が変化を受けとめられる。
  4. 経営層がDXに関わるほど自分の会社の「今」と「未来」について理解が深まる。

今回、村上社長には非常に具体的なお話をお聞かせいただきました。ご参加の皆さまにとっても参考になることが多かったのではないでしょうか。経営トップである社長が自ら取り組まれたという点はもちろんのこと、以下の点も非常に印象的でした。

  • ペーパーレス化、IT化といった方法にとらわれず、現場の声を聞きながら自社ならではの業務改善に着実に取り組まれたこと
  • 個別業務の最適化にこだわらず、全体最適化を視野に入れていること
  • 目に見える成果だけを指標とせず、社員の意識変革など目に見えない成果も重要なステップとして評価していること

講師の市谷様からは「組織の中にDXハウスを建てる」というお話がありました。DXハウスとは、組織のDXを進める順番を示したもの。既存事業のカイゼンや新規事業の開発、人材教育など多岐にわたるDXの取り組みを、同時進行ではなく段階を踏んで進めるためのロードマップとなるものです。

基礎部分として「デジタルへの理解」、その上に建つ1階部分として「ごく基礎的なモダナイズ(いわゆるデジタイゼーション)」があります。難しいのは2階部分にあたる「既存事業・サービスにおける提供価値の向上」、そして3階部分にあたる「新規事業・新しいビジネスモデルの構築」ですが、その前段階として1階部分のステップが非常に重要だと市谷様。日々の業務にデジタルスタイルが根付き日常化することで、仮説検証やアジャイルが可能になるからです。

村上社長のお話からも、そのことがよく分かります。小さくはじめ、少しずつ段階を踏んで進めていくことが、DXを実現する一番の近道と言えるかもしれません。

Q&A

Q1.システムエンジニアとのコミュニケーションについて

村上社長ご自身がシステムに関する知識をお持ちだということで、システム構成をスムーズに図式化されていましたが、一般的には、この段階で苦労するケースが多いと思います。実現したいことや方向性をうまく伝えられなければ、できてくるものにも違和感があるはず。良い伝え方があれば教えていただけますか。

村上社長より
開発能力よりコミュニケーション能力を重視してエンジニアを採用しています。能力の高い人より、お客様の意図の把握が上手い人。現場の流れや仕組み、苦労している点が分かる人。さらに、社内にも経営とエンジニアの間に入って翻訳のような仕事ができるメンバーがいると理想的です。そういうスキルを持っている人が皆さんの会社にもきっといるはずですから、見つけて活かせるといいですね。

Q2.取り組みをしている最中は楽しかったですか?

村上社長より
楽しかったですが、後ろめたさもありました。というのは、本来、経営者に求められるタスク、ミッションのなかで一番自分が楽しく労なくやれることにかかりきりになっていたからです。現場からはいろいろ思われていたと思いますが、自分は非常に楽しかったです。皆が楽になったり生産性が上がることに取り組んで汗をかくというのは喜びしかありません。

Q3.取り組みの最中で一番つらかったことは?

村上社長より
業態の形がほとんど出来上がって安定した収益を上げている中で、「変えること」に対するインセンティブが低かったことです。「やってみなはれ」という探索的な認識が役員に広がっていくにつれて、抵抗感が減ってきた気がします。

Q4.社内にこんな役職、スキル、考え方を持った人がいて良かったなという人はいますか?

村上社長より
コミュニケーション能力の高い社員ですね。あとは若手で不満がある人。会社の愚痴じゃなく合理的な不満です。彼らは課題の抽出を率先してやってくれている人たちですから、話を聞いてみると様々なヒントがもらえます。
いわゆるイエスマンではなく、前に進めるための意見を持っている人ですよね。今ある枠組みを当たり前に思わず疑問を持つ人が必要で、これまでの業務を精度高くできる人だけでは今の仕組みを変えることはできません。

Q5.社員の皆さんにこれから期待することは?

村上社長より
社員への期待というより自分のミッションですが、組織力の向上と仕組み化をして自走する組織にすることです。

Q6.自走する組織、人をどう育てていきますか?

村上社長より
それは私も分かりません(笑)。逆に皆さんにお聞きしたいです。

Q7.会社トップの考えを社内に波及するにあたり、一番苦労したことは?

村上社長より
現場は「社長が言い出したからしょうがないよね」という感じで受けとめていたと思います。とはいえ、最初からみんながシステムを使ったわけではありません。支店長、営業所長クラスのメンバーが必要に迫られて誘導していたと思います。

今までの方法を変えることに対しては、経験が多い人ほど心理的コストが高いです。そういう意味では世代の壁は大きいと思います。若手が使いこなすのを見て、だんだん浸透していった感じです。

ワークショップでは、自社での困りごと、変えた方がいいと思う問題点について解決策を考え、共有。

個人ワークでは、ワークシートを使って事例発表を受けての感想と気づきを自由に記入したあと、村上貿易における電話対応のように、ご自身の会社で困っていること、ここは変えた方がいいと思う問題点を書き出しました。

また、あげられた問題点のなかで最も優先度の高い課題は何か?それを解決するためにやるべきこと、必要なこと(人材、予算、社内理解など)とは何かを考えていきます。

その後のグループワークでは、3~4人に分かれてのグループ共有とディスカッションが行われ、代表して1名の方から全体共有をしていただきました。

今回の取り組みは村上社長だからできたことではなく皆さんのところでもできること。失敗してもいい。実験でいい。次に進めたらそれでいい。いい話を聞いたな、で終わらせず、このあとの取り組みに活かすべく、改めて考えていただくことに意義がある」―市谷様の言葉に勇気づけられ明日からの取り組みへの意欲を新たにされた方も多かったのではないでしょうか。

次回、第6回ワークショップは2月17日開催予定。

次回、第6回ワークショップは2月17日の開催予定です。日程や内容など、詳細はイベント情報のページにてご確認ください。

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